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お盆に思うこと。

2008 08 13
今日の話は長いです(汗)
お暇な方だけ読んでくださいね。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

世間はお盆です。
あたしも、昨日は父親とじいちゃんと叔父の墓参りに行ってきました。

母が「パパ、迎えに来たから一緒に帰ろう」なんて言うんで
危なく涙ぐみそうになり(笑)

本当に、亡くなった父も猫たちも帰ってきてくれればいいのに…と
毎年この時期になると思います。
そして、改めて亡くなった猫たちのことを考えます。

DSC00021_R.jpg

一番最初に暮らしたのが、この茶々。
かれこれ、もう21年前のこと。

子供の頃は犬がいたり、鳥がいたりしましたが
如何せん自分で飼っているという自覚がなかった。
犬がいたのは、本当に小さい頃だったし
うちの母は、実はものすごい動物嫌いなんで(爆)その後は飼ってもらえませんでした。
犬も鳥も、父が母の許可なく勝手にもらってきていたらしい(笑)
だから、結婚したら犬か猫が飼いたい、というのが
その頃のあたしの夢で。

実際は、ペット禁止のマンション暮らしでしたので(実は今もだけど ^^;)
旦那にはダメだしをくらっていた。

Dsc00115_R.jpg

でも、どうしても我慢できず、旦那に断りもせず
二子玉川の東急ハンズで500円で衝動買い(爆)
反対していたはずの旦那は、もう猫っ可愛がりで15年一緒に暮らしました。
最期は腎臓と肝臓を悪くしていたところに、病院で猫風邪を移されてしまい
残念ながら亡くなりました。

Dsc00403_R.jpg

茶々がうちの子になって5ヵ月後に拾ったのがモモ。
白黒の子と二匹、小さな箱に入れられて捨てられていて
白黒の子は、残念ながらもう息がなかった。
モモも、口は開くのに声も出ない状態だったので
これも反対した旦那を「どうせ死んじゃうなら畳の上で」とかなんとか
訳のわからない理由で説得し、うちに入れました。

その頃は朝7時過ぎには家を出て、夜も7時過ぎに帰ってくる生活。
まだへその緒もくっついている状態のモモに、家にいるときは一時間おきに授乳。
毎日「死んじゃってたらどうしよう」とドキドキしながら
すっ飛んで帰って来る日々でしたねぇ。
それでも、根性で育ってくれました。
今みたいに、ネットもなかったし
知識もなんにもなくて、よく育ったもんだと思います。
今なら怖くて絶対出来ない。
無知っていうのは、恐ろしいもんです(笑)

その後、なんとか育ったモモを「里子に出せ」という旦那を
「薄情者!」と責めたり泣き落としたりして(笑)
モモはめでたくうちの子になりました。
茶々を飼う時「一匹だけ」って約束だったのにね(笑)
許してくれてありがとうね。旦那。
今じゃ「常時三匹はいないと寂しい」っていう、立派な猫馬鹿親父になったけど(笑)

Dsc00440_R.jpg

モモは、ものすごい“甘えた”で、
茶々がどちらかといえば、クールで頭のいい子だったのに比べると
「馬鹿な子ほど可愛い」的な(笑)(←酷)
あたしがたまに帰りが遅くなったりすると、ずっと玄関先で鳴いているような子でした。

モモは、17年生きてくれました。
最期は目が見えなくなり、でも病院がすごくストレスになる子でしたので
家で看取りました。
目が見えなくなっても、トイレは自分で行こうとしてたし
鼻先まで持っていくとご飯も食べた。
でも、一度痙攣発作のようなものを起こして、その後は殆ど寝たきり状態。

病院に連れて行ったら、もしかしたらもう少し生きられたのかもしれない。
でも、食べれなくなった時に、無理やりに食べさせるのは辛かった。
茶々が食べなくなったときも、強制給仕をしましたが
すごく嫌がって抵抗して、それでまた体力を消耗してしまう。
二匹とも年が年でしたから、どこまでやるべきなのか
本当に悩みました。
でも、あたしは自然にいられることが一番いいのではないか…と思い
最期は水やスープを飲ませるくらいで、無理やり食べさせるのはやめた。

それが正しかったのかどうかは、今もわかりません。
今後はどうしていくのか。
それも、きっとその場その場で悩み続けると思います。

P1000023_R.jpg

そして、ルナ。
この子についてだけは、今でも後悔が残っています。

旦那がどうしても…と欲しがって、自分で探してきたノルウェイジャン・フォレストキャット。
狸みたいなしっぽが立派で、とても可愛い子でした。
どこにいても、あたしが「ルーナー!」と呼ぶと
「きゃきゃっ!」と鳴きながら走ってきた。
人にべったりと懐くタイプの子ではなかったけれど、
遊び好きで元気で、とても可愛い子だった。

P1000031_R.jpg

ムーとはすごく仲良しで、いつもくっついて眠っていた。
できることなら、この二匹の子供が欲しかったけれど
万が一8匹とか生まれてしまった場合、全部を幸せにできる自信がなくて
泣く泣く諦めました。

ルナは、三歳になってすぐ急死しました。

ある日、朝から食欲がなく、ベッドの下にもぐって出てこなかった。
「そういうこともあるかな」と、様子を見ていたら
午後になって容態が急変、呼吸が苦しそうになった。
間の悪いことに、日曜日だったので
いつもの病院に電話をしても、誰も出ず
あたしも、そんなにすぐにどうにかなるとは思わず
翌日の朝に病院に連れて行こうと考えた。

この考えの甘さ、今も本当に後悔しています。

ルナは朝方、大きく一声鳴いて、息を引き取りました。

原因はわかりません。
病院で解剖してもらうなりして、原因を突き止めるべきだったのかもしれない。
でも、あたしは
ルナの体に傷をつけるのが嫌だった。
だから、そのまま火葬しました。

翌日、医者に行って話をしたところ
おそらく心臓だろうと言われました。
ノルウェイジャンやメインクーン、ラグドールなどには
心臓肥大症の子が比較的多いそうです。
説明した症状から考えると、おそらくはルナもそうだったのではないかと。
そうだとしたら、連れて来てもダメだったかもしれないと。

あるいはお医者さんは、あたしを慰めようとしてそう言ったのかもしれない。
あたしが自分を責めていたから。
何故もっと早く気づかなかったのか。
何故健康診断なりなんなりを受けていなかったのか。
その病院に拘らず、救急で見てくれるところを何故探さなかったのか。

今も、その気持ちは残っています。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

でも、この子達がいたからこそ、今のあたしの生活がある。
いつでも猫がいて、楽しくて癒される時間を過ごすことができる。

だからこそ、この三匹にはとても感謝していますし
二度と同じ後悔をしないよう、気をつけなければいけないと思います。

猫たちは、あたしにいろんなことを教えてくれました。
子育ても、命の大切さも、一緒に暮らす楽しさも、
最期は介護までさせてくれる。
まるで「人生」の縮図を見せてくれるような。

茶々やモモと暮らし始めた頃は、子供もまだいなくて
子育ての大変さや楽しさは、この二匹が教えてくれました。
そして、まだ人間の介護をしたことがないあたしに
ほんの少し、さわりだけですが教えてくれたような気がしています。

今いる三匹は、亡き三匹の分も大切に育てようと思っています。
それが、あの子達にできる恩返しかもしれない。

茶々、モモ、ルナ。
お盆だから帰っておいで。
まだお前たちのお骨は家にあるよ。
お母さんは、一日たりともお前たちのことを忘れたことはないよ。

いつか、お母さんがちゃんと人生を生き抜いて
そちらの世界に行ったとき、
お前たちは虹の橋で待っててくれるかな。
「知らない」なんて言わないかな。

お母さんは生まれ変わりなんて信じていない。
茶々もモモもルナも、一匹しかいない大切な子だから。
でも、時々ね、
マロやランマの中に、お前たちがいるような気がするんだよ。
似たようなしぐさを見せたり、似たような表情をしたりすることがあるんだ。
そんな時、お前たちを思い出してちょっと寂しくもなるけど、ちょっと嬉しかったりもする。

いつかまた、必ず会おうね。
お母さんがそっちに行くときに、迎えに来てね。
でも、まだ少し時間がかかると思うから
お盆くらい遊びにおいで。

夢の中だけでもいいから。
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Comment
みけさんの
猫達に限らず
命に対する気持ちの一端を
感じさせていただきました
>お館様
なんか、暗い話で申し訳ありませんでした~~(汗)
でも、あたしが「命」というものを真剣に考え始めたのは
猫たちと暮らすようになってからだと思います。
それまでは、「生きている」ということを
そんなに真剣な考えたことはなかったから。
猫たちが一生懸命生きようとする姿を見ると(うちの子に限らず)
いろいろと考えさせられます。

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